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東日本大震災から10年

あれから10年

みなさんこんにちは
事務局の田村です。
東日本大震災から10年が経過しました。
10年という節目のため、今回は10年前を振り返ってみます。

当時を振り返って

震災当日

当時私は市原組工事部に所属していたのですが、自分の現場は2月に竣工したため、その日は会社で内業をしていました。
震災の時刻14:46には2階の自分のデスクでパソコンをいじっていたところ突然大きな揺れがきたと思ったら周りの机の引き出しがすべて開き、机も踊っているかのように右へ左へ動いていました。
机の下へかくれることなどできず、社内にいる社員と共に急いで会社の外へでました。
会社の外へ行くと水と砂が地中より吹き出していて、初めは水道管が壊れたのかと思っていたのですが、液状化現象だったことをあとで知り、百聞は一見に如かず!と言いますがその通りです。
試験勉強で知っていた液状化現象ですが、見たのは初めてです。もう見たくはありませんが、経験したことで今ならすぐわかります。
私の自宅は会社から近く、飼っている猫が心配だったため、地震直後に家の様子を見に行きました。
車で行ったのですが、あちこちから砂と水が噴き出し、縁石は倒れ、歩道は波打っている状態でした。車道は問題なく通行出来たのですが、いつもの景色とまるで違っていました。
幸いにも自宅は集合住宅の1階であったため、震度6弱でもコップ一つ倒れていなかったことを覚えています。(猫はベッドの下に隠れ無事でした)
家の無事を確認し、会社へ戻り、机などを元に戻し、近くにに住んでいた別の社員の家が大変という話を聞いたので手伝いに行きました。
その人はマンションの13階に住んでおり、うちとは雲泥の差、ものすごい状況でした。
テレビは倒れ、液晶が割れた状態。
食器棚の皿などは、ほぼ全壊。
ベッドにはタンスが倒れ、深夜帯の地震であったら大けがをしている状況でした。
重い物の片づけが終わり外を見たら、川沿いの護岸がすべて倒れているのが見え、改めて地震の被害の大きさがわかりました。
左が倒れた護岸の擁壁です。
ここは、私もランニングコースでよく通る場所です。
幸い被災者はいなかったようですが、こんな擁壁が倒れてきたら大ケガどころか命を落とす可能性もあります。
帰宅後、テレビのニュースで宮城県や岩手県の津波被害が出ていると言っていました。
街はすべて停電で映像が良く見えませんでしたが、夕方に撮った映像を見た時、これが今起きている現実なのか?と受け入れられませんでした。
私の兄が宮城県の名取市に住んでいましたが、幸いにも山の上に住居があり、たまたまキャンピングカーを所有していたこともあってか物資の不足はあったものの生活は出来たようです。連絡は1週間程度取れませんでしたが、無事で何よりでした。

震災翌日から

朝起きて国道を見に行くと車の列・・・大渋滞です。
鉄道が止まり、高速が通行止めのため、国道の上下線で大渋滞が起きていました。
歩道には夜通し歩いてきたのか、スーツ姿の人たちが早朝歩いていたので、異様な光景にも見えましたが、すぐに帰路に就くため遠くから歩いてきたのだろうと思いました。
道路の大渋滞を確認し、私も歩いて職場まで行きました。
液状化被害の実態がわかってきて建設業は持ち回りで被害の状況を把握しながら復旧作業を実施、液状化の砂は千葉市で8,000m3(25mプール20杯ほど)噴出したと聞いております。
まずはその土砂の撤去を行い、隆起したマンホールは下水道の破断を意味しているため、下水道の復旧、道路を安全に通行できるように凹凸をなくす仮復旧、倒れかかっている擁壁の撤去など様々なことを、市原組だけでなく地域の建設業各社が自分たちにできることを行い、1日も早い復旧を目指し、一丸となって頑張りました。

建設業とは

私が思う建設業ですが、街づくりはもちろん、災害時の対応を含め、地域の皆さんのあたりまえを維持・継続させ、生活を豊かにする産業だと思っています。
建設業のイメージは昔から3K(きつい・きたない・きけん)と呼ばれ、人気が出る要素はありません。しかし、皆さんが生活する上で最低限必要なもの、あって当たり前のものを供給しています。
安全に、快適に移動するための手段 : 道路、鉄道、高速道路、橋、トンネル
生きるために必要な水の供給 : 浄水場、水道管、蛇口
災害・水害から守る施設 : 貯留槽、雨水排水管、河川護岸、海の堤防
衛生環境を守る施設 : 下水道処理場、下水道排水管、浄化装置
などなど、なくなると困るもの、安全を当たり前に提供するのが建設業です。
仕事はきついかもしれません。
土汚れは働いた証、きたないことはありません。
現場事務所も現場のトイレも清潔です。
安全面が強化され、危険な作業は大分少なくなりました。
建設業界もIT化の波で機械化と自動化が進んでおり、大分変ってきています。
働き方も変わり、市原組の現場監督休暇取得数は年平均134日です。(年の1/3以上休み)『休める現場監督』として会社をあげて頑張っています。(ちなみに残業も少ない)
建設業にしかできない楽しみは、何もない場所に巨大な実物大のものを創ることだと思います。
しかも、全ての構築物は誰かの役に立っているものです。
物を創り上げた達成感、満足感は何物にも代えられません。
スケールの大きい仕事、地域のみんなに役立つ仕事です。
SIGのサイトを通じて建設業を多くの人に知ってもらいたく、担い手を育て、日本を元気にできればいいと思います。
まずは、求人サイトで皆様のお役にたてれば幸いです。

震災の話から脱線してしまいましたが、今回はこのへんで

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